ブータンのディスコで若者たちに聞いてみた「今、幸せですか?」

 15日からの日本滞在を終え、20日に帰国したブータンワンチュク国王夫妻。その穏やかながらも誇り高く知的な振る舞いに、日本中が魅了された6日間だった。

 インドと中国にはさまれたチベット仏教の小国・ブータンは、人口約70万人。物質的に豊かとはいえないが、国民総生産に代わる概念として国民総幸福量を重視しており、精神的に豊かな国として知られる。まさにワンチュク国王夫妻の幸せそうな振る舞いが、そのお国柄を表していたといえるだろう。

 だが、本当にブータンの国民も幸福を感じてるのだろうか? 以下は、文筆家の佐藤健寿氏がブータンに行って聞いてきた、生の言葉である。

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 ブータンという国は変わっている。隣国であるネパールやインドを除き、外国と交流を持ち始めたのはまだほんの30年前。急激な西欧化を防ぐため、長年、事実上の鎖国状態を続けてきたからだ。

 しかし1999年以降、事情は急速に変化しつつある。テレビとインターネットが解禁されたのだ。都市部の若者たちはそうしたメディアを通じて、着実に外国文化を吸収している。今では携帯電話も普及し、若者はネットでJ−POPや海外の音楽を聴く。子供たちはネットゲームに夢中だったり、若い女のコはストパーかけていたり、先進国への憧れみたいなものは普通の途上国並みには強い。

 しかし日本のマスメディアはよほどブータンを牧歌的な国ということにしておきたいのか、そういう事実をほとんど報道しない。だが、例えば首都ティンプーには数軒のディスコさえ存在する。

 町で一番の大ハコである「エース」は僕が訪れた土曜の夜、多くの若者でにぎわっていた。女のコたちはミニスカートやセクシーなワンピースを着て、男のコたちはB−BOY風のダボダボのジーンズとシャツを着ている。

 日本のニュースに出てくるブータンといえば、ゴ(国王も着ていた男性用の民族衣装)やキラ(王妃が着ていた女性用の民族衣装)を着た人たちばかり。だが、都市部の若者の格好は今や他国と大差はない。DJがかけているのはヨーロッパのハウスに、ネパールやインドのヒップホップ。フロアではレーザーのエフェクトにミラーボールが回転する。

 僕は十数人に質問をぶつけてみた。
「今、幸せですか?」
「何に一番幸せを感じる?」
「これからのブータンに望むことは?」

 まず最初の問いについて、「幸福でない」と答えた者は誰ひとりとしていなかった。皆一様に「幸福です」とか「とても!」と答え、ひとまずみんなが幸福だというのは根拠のないでっちあげではないようだ。

 二つ目の質問については、「人生そのもの」とか「友達」とか。このへんは普通の国と変わりはない。そして三つ目の質問にもダボダボの服を着た彼らが「今のままがいい」とほぼ全員。あとは「他国のように自然を壊さずに発展してほしい」と幾人かが答えていたことが何よりも印象的だった。

 現在、ブータンを訪れる旅行者で最も多いのは、皮肉にもGDP1位のアメリカ人と、最近まで2位だった日本人。ブータンでは自由旅行が認められず、旅するには少々お金がかかる(旅行者は一日200ドルの公定料金を日数分あらかじめ政府に払う)のだが、そのおかげか、旅行者はそれなりに裕福な人々が多い。

 そんな裕福な外国人がたくさん来て、口々にブータンを褒めていくのだから、誇らしくなるのも当然だろう。ディスコで出会った観光業に携わる女性は僕に言った。

「いい国でしょ? 日本から来た旅行者は皆、お年寄り夫婦から若い女性まで、『日本がなくしてしまった本当の豊かさがブータンにはある』と感動していくの」

 つまり、本来なら羨望の対象であるはずの豊かな国の人々から逆に「ブータンは幸せな国だ」と盛んに言われ続けることで、ブータンの人々の「自分たちは幸せだ」という思いがより強くなる。一見、順序が逆にも思えるが、人間が「幸せ」を自覚するきっかけとは案外そういうものなのかもしれない。